« 松茸の炊き込みご飯二日目 | Main | 茶・栞館のクロージングパーティ »

2005.10.30

オバハンという生き方

世の中の流れが自分の感性と共振してたはずなのに、いつしかかなりズレていることに気づく。ある日子どもに「おかん、参観日来んとって。その服変やで」と拒絶される。

何年か前の中学の同窓会で「雰囲気変わったなぁ」と言われました。うん、当時は無意識に「ええ子」ぶってたからね。

「オバハン」という位置を認めてしまえば、肩に力が入らない。なんて生きやすいことよ。気取らず自然体で楽しむことができるようです。

おいしいものはおいしい、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。

それがたとえ流行と外れていて、ダサダサであっても「ええねん!私は好き」と言い切ります。


でも、ひとから「なんや、オバハンやん」って言われると、その場は笑って受け流し、帰ってから落ち込むのは、
なーぜーっ?!(絶叫)

オバハン極める道はるか。(笑)

|

« 松茸の炊き込みご飯二日目 | Main | 茶・栞館のクロージングパーティ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

おばはんが女であるかどうかが境界線。
おばはんという女でも男でもない生き物だとしたら、敬遠されるだろうね。

Posted by: 煮酒 | 2005.10.30 02:09 PM

>煮酒さん

 ずーずーしくて他人の迷惑を顧みない憎らしいだけのオバハンにはなりたくない、って思います。
 そうなる危険をはらんではいるけれど。

Posted by: あひる@滋賀 | 2005.10.30 04:25 PM

家鴨さんは自分の価値観持ってるから人と違っても気にならないんだと思うよ。
カッコいいねーさんです!

Posted by: ermine | 2005.10.30 04:55 PM

>ermineさん
 
 ありがとう!!
 「ねーさん」ってええ表現ですね!
 何歳上でも「ねーさん」って呼ばれるのは問題ないっ。

 あ、そういえば某蔵元さんにもそう呼ばれていたっけ……。

Posted by: あひる@滋賀 | 2005.10.30 05:28 PM

ジーンズが似合わなくなった、と気づいたときから実はひそかに「おばはん」を意識した。
普段自分に対しても他人に対しても、とくに年齢を意識することはないのだが。

本当の「おばはん」は、なにもかも境目がなくなること、ではないかと思います。つまり、煮酒さんのいわれるごとく「女でも男でも」なく、「外と内の境目」がなく、「自分と他人の境目」もなく・・・といった。ついでに、「胸と腹の境目」もなくなっていくのですが(笑)

「おばはんじゃない!」と必死にしがみつくのもおもしろい。要は、自分でどう思っているかと人様がどう思うかのギャップが許せるかどうかですかね。

あひるねーさん、我が道を行ってください!

Posted by: てんどんかあさん | 2005.10.30 11:35 PM

>てんどんかあさん

 「境目がなくなる」って、そうかもねえ。
 「胸と腹の境目」なくなってほしくないよねえ(涙)。

 えっ、あたしのほうが「ねーさん」でしたっけ?(焦)

Posted by: あひる@滋賀 | 2005.10.31 03:05 AM

え?ちがいましたっけ?

まあ、いいじゃないっすか(笑)
わたくし、高校時代から、同級生に「ねーさま、ねーさま」と呼ばれ続け、人を八百比丘尼みたいにいわれ続けておりますゆえ、たまには、人様を呼んでみたいのさ。

Posted by: てんどんかあさん | 2005.10.31 09:31 PM

>てんどんかあさん

 確かに、つい頼りたくなる雰囲気、
 「ねーさん」と呼ばれるよね。
 ま、どっちが「ねーさん」でもおっけー。

Posted by: あひる@滋賀 | 2005.11.01 12:08 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 松茸の炊き込みご飯二日目 | Main | 茶・栞館のクロージングパーティ »