「滋賀渡船6号」の稲穂
権座に船で渡していただいて田んぼに行くと、NHKの映像にも出てきた「滋賀渡船6号」の長い稲穂がそのまんま雨ざらしになっていました。はさ掛けしてあったのが、風で外れて落ちています。
それを見つけ、持ち帰る男性が「これは持ってかえらなあかんで!」とそそのかさはったので、私も
田んぼの持ち主の奥様に稲穂を頂いて帰ってよいと許可をいただきました。
背丈の高い「滋賀渡船6号」の稲穂をビニール袋に入れていただいたのですが、3分の1くらいはみ出しています。それを抱きかかえてTさんの車にも電車にも乗りました。歩くとカサカサ音がします。
しかし、なんか和むんです。
実家は兼業農家。思えば、小学生の私にとって、稲わらは遊びの道具でもあり、いやな作業の対象でもありました。はさ掛けをする木に、脱穀済みの稲わらの長いままのものを組み合わせて家のようにして、ホコリだらけの室中でおやつを食べたこともあります。
私が小学校の頃まで、稲刈りは手作業ではさ掛けして乾燥させました。また、脱穀は籾だけを稲から外していました。だから稲わらは、全部が長いままだったんです。
「わらぐろ」と呼ばれていた、わらを家の形に積んだものの隙間を隠れ家に見立てたり。
わらを押し切りで裁断し、田んぼ全体に振れ、と命令されてザクザク切ったことも何度かあります。こういうときの田んぼはえらく広いんだよな~。
だから、稲わらの乾いた状態の、カサカサ音をたてる、柔らかい肌に当たると小さな引っ掻き傷がいっぱいできそうな感じ。このちょっといがらっぽいような香り。癒されるのです。
かつて、秋から冬にかけての遊びの場面に稲わらがいつもあったから。
ひと束の稲わらは、こうしてうちにやってきました。つりさげておこうっと。
白王のOさん、ありがとうございました。
私、岡山の田舎育ちですけん
小学校の低学年まで、農繁期で学校が半ドンになってましたし、田んぼは牛が耕してましたし、田植えは手で、田んぼの雑草は押して進む「田車」で退治してましたし、稲刈りは鎌でしたし、それがなにか?(子どもだったんで、稲刈り田植えなどは大人がやってて手伝いさせられてただけです)
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Comments
あひるさん、おはようございます。
何ででしょう、稲穂って見ていると とっても豊かな気持ちになります。

子供のころ京都の実家の周りには、田んぼが多くありましのでなんか郷愁を誘うのかなぁ。
渡船の稲穂、家に飾ればちょっとしたアートですね。

Posted by: 紫香楽 秀山 | 2009.02.16 10:41 AM
紫香楽 秀山さん
いただいてきた稲は、もう穂もいっぱい食べられたのか、モミがまばらでちょっと悲しい状態なんですけどね。
でも、存在感はすごいです。
背丈ほどもありますからね~。
田んぼは秋から春にかけて、子どもの遊び場でしたから、思い出いっぱいです。レンゲの咲くころには蜜を吸ったり花の首飾りを編んだり
Posted by: あひる@滋賀 | 2009.02.16 12:20 PM