昨年あるSF指南本を買って、それに紹介されている名作でおもしろそうなものを読んでみることにしました。なにしろ、私のSF現役時代というのは高校生の頃。図書部員だったときですから、はい、30年前でございます
その後、ブラッドベリくらいしか新刊を買ってなかったので、ほぼ空白の30年となっています。その間に生まれた名作を知らずにいるなんてもったいない!と、いろいろ読んでみて、一番追っかけたいと思ったのが、ロイス・マクマスター・ビジョルドの描くヴォルコシガン・サガと呼ばれるシリーズでした。
※以下、めっちゃ長いです!ちょいネタバレもあります!
特にSFに興味の無い方は読まないほうがいいと思います。
「惑星バラヤー」とか「提督」「ヴォル」とかって何やねんそれ?
ええ大人が何SFに夢中になってんねん?
まあ、中の世界に入り込まないと、その本当のおもしろさは伝わらないものですから

■ヴォルコシガン・サガとは
時代は、現代よりもかなり未来で、惑星間の交通のためのジャンプ航路(ワーム・ホール・ネクサス?私、よくわかってない)が発見されているという設定。主人公はバラヤーという惑星の貴族の中でも皇帝の摂政を務めてたほどの実権を持つ家の一人息子マイルズ・ヴォルコシガンです。
彼は生まれつき身体にハンデを負っているのですが、負けず嫌いで士官学校に実力で入学しようとします。しかし挫折し母方の祖母の住む別の惑星べータに向かうことに。そこで小さなジャンプ船を手に入れ宇宙に飛び出すこととなり、ほとんど機転とはったりだけで人心を掌握し次々と大きな船を手に入れます。結果、17歳にして、いっぱしの傭兵船団を率いる「マイルズ・ネイスミス提督」になりきるのです。(ネイスミスは、母の旧姓)
以上がシリーズの発端となる『戦士志願』です。これからネイスミス提督とヴォルコシガン中尉との二重生活を送ることとなるマイルズの成長と活躍を描くシリーズは、スケールの大きな未来版「ほら男爵の冒険」とでも呼びたいくらい(笑)。

■ヴォルコシガン・サガの魅力
惑星の歴史や社会構造、人々の考え方の違いなど、詳しく描かれているので、ほとんどが長編となっています。そんなSFらしい構造もすばらしいのですが、このシリーズの魅力はなんといっても登場人物とスピーディな展開にあります。
マイルズの持つ誠実さと周囲の人間への信頼の深さ、頭の回転の早さ、常に前向きな考え方、不断の努力。それらが出会う人々(読者の私を含む)を惹きつけてやみません。だからといって聖人君子というわけでもなく、彼の思春期から大人への時期の初恋・失恋・新しい恋人との恋愛も描かれます。また、登場人物たちと交わすユーモアあふれる会話も楽しい。
戦闘シーンも出てきます。戦闘後の負傷兵、死者たちの生々しい描写、そして傭兵隊として生きていくために欠かせない契約や請求書など。物語の中のハイライトシーンとしての戦闘だけでなく、負傷者や遺族の長きに渡る心の傷跡までも描き、戦いの持つ様々な面を切り捨てない著者の姿勢にも共感させられます。
単なる娯楽SFではない、ある意味教養小説的な面も持つ、ヴォルコシガン・サガ。夢中です。

■ヴォルコシガン・サガ 既刊一覧
東京創元社より、創元SF文庫から小木曽 絢子訳で出ています。
『名誉のかけら』マイルズ生まれる前
父母の出会いから結婚まで
『バラヤー内乱』マイルズ生まれる直前から5歳
父母の結婚後、マイルズが誕生する直前の波瀾万丈
『戦士志願』マイルズ17歳
バラヤー士官学校入学に失敗して、デンダリィ傭兵艦隊のネイスミス提督となる
『無限の境界』マイルズ20歳~23・24歳(短編3作)
士官学校を無事卒業した直後、自分の領地での事件『喪の山』、
デンダリィ傭兵隊のジャクソン統一惑星での仕事『迷宮』、
セタガンダ惑星の捕虜収容所からの囚人解放作戦『無限の境界』
『ヴォル・ゲーム』マイルズ20歳
士官学校卒業後バラヤーで任務に就き一悶着、その後宇宙で皇帝誘拐事件を解決
『親愛なるクローン』24歳
惑星支配の歴史にからむ因縁の事件で自分のクローンと出会ってしまう
以下、未読
『天空の遺産』
『ミラー・ダンス』
『メモリー』
日本で出版されてない作品もまだ多く、マイルズ32歳の物語まで発表されているようです。
それにしても、映画化やアニメ化とか、なんでされないのかなあ…。めっちゃおもしろいのに。主人公がハンデを持っているからなのかしら。でも、出てくる人みんなキャラが立ってて、美男美女にも事欠かず。異色の主人公って特色あっていいと思うんだけど。単純な勧善懲悪の公式が当てはまらないユニークなスペースオペラで。
■バラヤーってちょっと昔の日本?
翻訳をされている小木曽さんが、どの作品かの解説で、「バラヤーの社会は日本、ベータの社会はアメリカ合衆国を連想させられる」と書いておられます。(ベータは母コーデリアの出身星)バラヤーで世襲の皇帝に忠誠を誓う、やはり世襲の軍人貴族「ヴォル」たち。男性中心の社会で、貧しく教育さえ行き届いていない山間部地域などもあるがとにかく軍隊だけは強大。軍隊には女性というだけで入れない(ベータでは適性が最優先され、女性でも職業軍人はいくらでもいる)。決闘が法律で認められている。言葉での誓いが文書よりも力を持つ=日本の「武士に二言はない」に似ている、などなど。
でも私はそこまではっきりした印象を持ちませんでした。どちらかというと古い時代のヨーロッパの貴族社会をイメージしてましたわ。先日のNHKドラマ「白州次郎」で出て来た「ノーブレス・オブリージ(高貴な者の義務)」という言葉も、一回出て来ました。これはイギリスのカントリー・ジェントルマンが心がけていることとして紹介されてましたよね。
バラヤーの皇帝と貴族も血塗られた歴史を持っています。暗殺したりされたり。ちょっとでも気を抜くと大規模な反乱が起きて国は大混乱に陥ります。マイルズのいとこ、イケメンのイワンも、生まれる直前に内乱で父親を失っています。そして、マイルズ自身の体質も、実は反感を持った貴族からの暗殺未遂が原因。高貴な方々って大変なんだ……。(うちのご先祖様はフツーの農家と、足軽の家だったそうです。私ってラッキー♪)
ヨーロッパ王侯貴族もやはり同じような権力闘争のどろどろで血塗られた歴史を持っているわけですから、バラヤーが日本をモデルにされている、とはあまり感じなかったのです。

■ヴォルコシガン・サガにおけるバラヤー以外の女性の意識
マイルズが求婚した女性に「バラヤーに行ってレディ・ヴォルコシガン(ヴォルコシガン夫人)になるなんて、絶対にあり得ない!」と拒絶され、バラヤー社会の広い宇宙中の女性からの評判の悪さがわかる場面も出て来ます。 例え地位とクオリティの高い暮らしが保証されても世継ぎの息子を生むための存在としてしか自分が評価されないとしたら。女性に対して封建的な惑星で暮らすことより宇宙で傭兵隊の幹部として生きるほうがずーっといい。
とても理解できます。
■マイルズの母コーデリアが主人公の『名誉のかけら』
マイルズの父母、特に母コーデリアがまた魅力的な女性なのです。このシリーズで私にとってはメインキャラといってもいいくらい。
『名誉のかけら』でのヒーローとヒロインは、マイルズの父アラールと母コーデリアです。そう、『名誉のかけら』はSFラブロマンスなのです。この主人公たちは美男美女ではありません。けれどとびっきりステキなのです。
白馬の王子様が救いに来てくれるのを待つだけのお姫様じゃない、宇宙船の艦長であり惑星探索隊を率いるコーデリア・ネイスミス中佐(のちに大佐)。 一度こっぴどくパートナーに裏切られた傷を持つ赤毛のアラサーのヒロインです。
対するは、血統のよい貴族だが、軍隊でやばすぎる上官に仕える40過ぎたおっちゃんヒーロー。悲惨な過去をひきずるバツイチ、しかも毛深い。提督(途中からの位)アラール・ヴォルコシガンです。
お互いに惹かれあい、愛し合い、ついに結婚するわけですが、もちろん、軍の内乱、惑星間の戦争、異常な上官など、二人の恋路を邪魔するものは宇宙の塵より多いんです。このロマンスの舞台は壮大な宇宙なのですから。 ラブラブな状態になったからといって、任務をおろそかにすることや部下を見捨てるなんて、絶対にできない二人の甘ったるくない、大人の恋愛。
花嫁はシャトルに乗って♪嫁いできました。「帰れない何があっても」と心に誓って故郷を後にします。(フォークソングかよっ!)
■命がけでマイルズを守るスーパーオカンが大活躍『バラヤー内乱』
元大佐ですから、実戦経験も持っています。だからこそ我が子と夫を命を賭けて守り抜くことができた。それはもう、度肝を抜かれるような作戦を見事成功させ生還するスーパーオカンなのです。そりゃ、いくらマイルズが成長してどこの星の提督になろうが頭が上がりませんよ。
障がいを持っているとわかると生まれる前から、あるいは生まれてから排除される(っておい!
)のがバラヤーの伝統。そんな概念を持つ実の祖父からマイルズは人工子宮にいる間に命を狙われさえしたのです。マイルズに対してコーデリアは「その体はあなたへの贈り物」と言って、我が子を信頼し本人の意志を尊重しながら育てます。例えば、普通の人よりも骨折しやすい体質なのに、5歳のマイルズが「乗馬をしたい」と言えば、「危ないからやめなさい」という言葉を飲み込んで祖父から指導をしてもらうことを許すのです。
コーデリアは自分が育ってきた社会とは全く異なる文化や歴史、価値観の中で出産し(特に出産の時は内戦で命がけ)、子育てし、夫の地位を守るために社交界で上手に泳ぎ回らなければならなくなります。まるで、ビジネスキャリアを捨て、実家から遠く離れた婚家&地域コミュニティという異文化に溶け込んでいかなければならない「二世帯同居の長男の嫁で専業主婦」状態ですよ。
コーデリアは愛と信念、そして知力と体力と行動力で文字通り「戦い」ながら、同郷の人が全くいない異国いや異星で「レディ・ヴォルコシガン」として不動の地位を勝ち取っていきます。もちろん、夫と対等な二人三脚で。
母としても、すばらしい。頑迷な舅や社会から子どもを守り、幼い皇帝の摂政として多忙を極める夫にも時間を(一日1時間)ひねり出させて子どもと過ごさせ愛のある家庭環境を提供する。またハンディやコンプレックスを自ら乗り越える術を身につけさせていく。もちろん、知識や、相手がどんな人であるか把握して対応する頭の回転の早さなどもあるけれど、まず人を信じ、自分にも他人にも誠実であること。それがマイルズを何度も死地から救うのです。
言うは易く、行うは難し。同じ長男(って、コーデリアの夫は次男だけど長男が亡くなったので家督を相続している)の嫁、二児の母として言いたい。「コーデリア、あんたはえらい!」。私の数百倍も賢いし強い。
■ヴォルコシガン・サガにおける出産について
それと、著者が作品を発表し始めた時点で主婦だったというので、驚いてしまいました。子どもも育てていらっしゃるようです。だから女性が自分のお腹を痛めて出産するかどうか選べるという社会(ベータ)を考えたのでしょうか。妊娠したら、人工子宮に移してそこで十月十日(?)育てて取り出す。誕生日は人工子宮から出て来た日……。これなら、妊娠中や出産前に休暇を取って仕事を中断する必要がないわけですね。産休切りという言葉まで生まれている現代日本であっても。
確かに、初めて妊娠したとき、私は「夫の体に変化がないのに、なんで自分だけ原始生物のアメーバみたいに増殖するの?」ととても不公平だという気持ちになったものです。幼稚園から大学に至るまで学校では男女平等って教えられ、女性らしくなろうなんて考えずに生きてきたのに、なんで突然自分だけ?と。まあ、無事出産し子育てして二人目を妊娠したときにはその感覚は無く、お腹の中で生命が時間をかけて赤ちゃんへと育っていくことを実感し、おっぱいをあげられることに幸せと優越感を覚えるようになりましたけどね(笑)。
■ヴォルコシガン・サガ、あひるのまとめ
結婚について、女性について、また人間としての生き方を考えさせてくれる、こんなところが、SFという枠を超えた魅力になっています。
11冊手に入れて、読んでないのは残り4冊(上下巻に分かれている作品があるので)。読んでしまうのが惜しいな~。私も英語が読めたらな~。
って、どんだけ書くねん!>自分
いや、こんだけ書くくらい、ほんまに好きになってしまったんです。ごめんなさい。
■ヴォルコシガン・サガにおけるお酒
えっと、お酒の関連で言えば、バラヤー貴族たちも酔っぱらって醜態をさらしてしまう輩がパーティで続出だそうです……
とほほ。
ベータではアルコールよりも中毒性の低い薬に切り替えているのだそうだ。安全かもしれないけど、そりゃ味気ないぜ~!
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